大判例

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大津地方裁判所 昭和37年(ヨ)20号 判決

申請人 服部新次 外三名

被申請人 大津市

主文

申請人門馬功と被申請人との関係において、同申請人が保証として金一〇〇、〇〇〇円を供託することを条件として、被申請人は本案判決確定に至るまで大津市大谷町字真直谷一八二番地の一雑種地五町四反四畝二三歩の北端所在車西約三三米南北約二四米深さ約三米のし尿投棄用穴にし尿を投棄してはならない。

申請人服部新次、同塩村辰次、同河合寅蔵と被申請人との関係において同申請人等の本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。

申請費用中申請人門馬功と被申請人との間に生じたものは被申請人の負担とし、申請人服部新次、同塩村辰次、同河合寅蔵と被申請人との間に生じたものは同申請人等の負担とする。

事実

申請人等代理人は「被申請人は申請人等に対し本案判決確定に至るまで大津市大谷町真直谷一八二番地の一雑種地五町四反四畝二三歩の北端所在の東西約三三米、南北約二四米、深さ約三米のし尿投棄用穴にし尿を投棄してはならない。」との裁判を求め、

その理由として、

一、大津市大谷町真直谷一八二番地の一雑種地五町四反四畝二三歩の土地(以下本件土地という。)は旧陸軍射撃場跡で被申請人の所有であるが、昭和三七年一月上旬頃被申請人は申請人等大谷町住民に何等の諒解もえないで本件土地の北端に東西約三三米、南北約二四米、深さ約三米のし尿投棄用の穴を掘り、これにし尿の投棄を開始した。右し尿投棄用穴はいわゆる素掘りでし尿の滲漏や雨水による穴の破損等に対して何等の処置も施されておらない。そして被申請人は右穴が投棄されたし尿で一杯になるとこれに土砂をかぶせ、その南に第二の穴を掘るというように順次南に掘り進み本件土地全部をし尿投棄場として使用する計画を有しているのである。

二、申請人等は本件土地に近接した南側の低斜面及び南側低地に存在する別紙目録〈省略〉記載の土地建物をそれぞれ所有し且つ同所に各居住しているものであるが、被申請人の右し尿投棄により以下のような害悪を蒙つているか或いは蒙る虞があるので、被申請人に対しし尿投棄を中止するよう厳重交渉したが被申請人は依然投棄を続けている。

(1)  井戸水等の汚染及び汚水の溢出

大津市大谷町には上水道の設備がないので申請人等住民は専ら井戸水と一部本件土地からの流水を含む谷間から流れる清流を日常飲料用等に使用しているのであるが、本件土地は東・西・北の三方が山に囲まれた谷間にあつて南の一方のみが開け、その南方に申請人等の居宅があり、そして本件土地より申請人等居宅は約三〇米ないし約四〇米低い位置に在るため、降雨時には本件土地の雨水は必然的に申請人等の居住する低地に向つて流出し、その場合被申請人の投棄したし尿は降雨と共に地下に浸透或は滲漏し直接、間接に申請人等の井戸水に混入する虞があり、特に大雨の場合は本件土地への降雨と周囲の山から流下する雨水とが一体となり南の低地に濁流となつて溢出することは従前でも毎年数回あつたのであるが、被申請人の叙上のようなし尿処理方法ではかかる水害の際に雨水と共にし尿の大半が大谷町に向つて流れ出すことは明らかであり、申請人等は生命身体はもちろん財産につき重大な危険に曝され多大の損害を蒙る虞がある。

(2)  害虫の発生及び悪臭

右し尿投棄用穴には何等の蓋その他被覆も施されおらず常時露天に解放された盡であるため、春から夏にかけて蝿その他害虫が無数に発生して申請人等の居宅附近に飛来し、更に発酵したし尿から発散する悪臭が申請人等の居宅に侵入して申請人等は居住に耐え難い程の被害を蒙つている。

そして被申請人が依然本件土地にし尿投棄を続け、さらにその南側に第二、第三の穴を掘るならば申請人等の蒙る右のような危険と被害は一層増大することは明らかである。以上のように被申請人の右し尿投棄は申請人等の生命さえも危殆に頻せしめ、申請人等がその所有する土地家屋に居住生活することに重大な脅威を与えるもので、これは憲法第二五条によつて保障されている申請人等の生存権のみでなく申請人等の土地建物所有権に対する侵害であるといわねばならない。

三、被申請人のし尿処理行政は怠慢をきわめ、二、三年前より市民から汲み取つたし尿を大津市周辺の河川に投入して処理してきたこと、或いは少くとも被申請人と契約したし尿汲取業者が不法投棄をしていた事実を看過していたことは周知の事実であり、右業者の不法投棄に対する罰金科料が増大してきたため被申請人はやむなくし尿処理場を設置する計画を立てたもので、本件土地がし尿処理場に選定された理由も本件土地が被申請人の所有であることと大津市の中心からはずれていることだけであり、本件土地と大谷町との地形関係や大谷町住民の飲料水の使用状況等については何等考慮されていないのである。申請人等も本件土地がし尿処理場として最適地であるならばし尿処理の公共性に鑑み忍従もやむないところであるが、被申請人は坂本方面に或程度完成されたし尿投棄場を有しながら、運賃が高くなるためこれに投棄せず、又農家にコンクリート造りの肥料槽を造らしめこれに投棄することによりし尿の処理をなしうるにも拘らずコンクリート槽の経費が高くつく理由でこれをなさず、更に被申請人は市内に他に適地を多数選定しておりながらその土地買収費がかさむこと等僅かな経費節約のために本件土地をし尿投棄場として選んだものでし尿投棄の適地としては何等の必然性もなく、加えて申請人等は前記のような被害と危険を蒙つている以上到底これを忍容することはできないのである。

四、よつて申請人等は前記土地建物の所有権にもとずき被申請人の右し尿投棄に対し所有権侵害排除の訴を提起したが、被申請人は申請人等の反対にも拘らず依然右し尿投棄用穴にし尿投棄を続けており、これを放置すれば償いえない損害を蒙る虞があるので本件申請に及ぶ。

と述べた。

被申請人代理人は「申請人等の本件仮処分申請を却下する。申請費用は申請人等の負担とする。」との裁判を求め、答弁として、

一、本件土地が被申請人の所有であること、被申請人が申請人等主張の頃本件土地の申請人等主張の場所にその主張の規模のし尿投棄用穴を掘り、これにし尿の投棄を開始したことは認めるが、申請人等主張のその余の事実はいずれも争う。被申請人の右し尿投棄は何等申請人等の土地家屋の所有権ないし生存権を侵害するものではなく、却つて公益上必要やむをえない一時的緊急措置であつて申請人等住民はこれを耐忍し協力すべきである。すなわち、まず申請人等主張のし尿の地下浸透による井戸水等の汚染の点についてであるが、本件土地の地層はブルトーザーをもつてしても掘さく不可能な硬い岩盤地層であるため浸透性に乏しい上、仮りにし尿の少量が浸透したとしてもバクテリヤの酸化還元による自浄作用により浄化され、腸管系病原菌は抗性物質により死滅するに至るから、右し尿投棄用穴から約七五〇米の距離がある申請人等の住居の井戸水にまでし尿が地下浸透してこれを汚染するごときは到底考えられないし、更に地形からいつても本件土地東側横の凹地は名神高速道路蝉丸トンネル大谷町出口カーブ下を貫通し同所において大谷町民家とは約五米以上低く地下水脈も高きより低きに移行するものであるから当然右凹地が主流となり、この主流を超えて対岸にある申請人等の井戸水に影響するとは考えられない。

又申請人等は本件土地から流れ出る水の一部を日常飲料用等に使用している旨主張するが、右凹地は常時乾燥しており且つ雑草や木葉が埋積して流水はないからそのような主張は虚偽である。次に降雨時の汚水の溢出の点についてであるが、被申請人においては、三方の山から流下する雨水が右穴へ流入するのを防止するため、穴の周囲に山腹に沿うて排水溝を設置した他右穴自体への降雨量を予測し、安全率を見込んでし尿投棄を行う予定であるから、降雨の際にし尿が右穴の外に溢出し、し尿を混えた雨水が大谷町方面に流出する虞はありえない。又地形上申請人等大谷町住民の居宅の大半は名神高速道路予定地を距てて本件土地東側横の凹地の対岸に位置しているから汚水がかかる場所まで及ぶことは考えられない。更に害虫の発生及び悪臭の点についてであるが、被申請人はし尿投棄の都度脱臭剤として硫酸第一鉄を、又蝿等の害虫の発生防止のため乳剤、BHC原末等を各撒布しているので悪臭や害虫の発生はなく、仮りにあるとしてもその程度は軽く、申請人等の居宅とは相当離れているわけであるから臭気や害虫により申請人等の日常生活に実害を及ぼすような事態は予想し難い。その他被申請人は本件土地における申請人等大谷町住民の子弟の運動遊戯等の際の不慮の事故を防止する等の目的で右し尿投棄用穴の南方に目隠し塀を設置し万全を期しているのであり、又右穴への投棄用し尿の汲取対策地域を市内の一部に限定し、申請人等主張の如く本件土地全部をし尿投棄場として使用する意図は全くない。

二、被申請人が本件土地にし尿投棄用穴を掘さくした経緯は、近年全国的に化学肥料が普及してし尿の農村還元による処理が殆んど不可能となつた結果、その対策に苦慮し、衛生的且つ社会的公害のない化学的し尿処理施設建設のため昭和三二年以降市内十有余箇所の候補地を選定しその買収交渉を始めたのであるが、いずれの地においても嫌悪反対せられ想像を絶する苦難の末、漸く昭和三七年三月末頃用地の買収を完了した。そこでかかる化学的し尿処理施設が完成するまでの暫定的且つ応急措置として被申請人所有の市民の環境衛生上支障の少ない本件土地にし尿投棄場を設置したものであり、一一万市民の保健衛生上必要やむをえない措置であつた。申請人等は被申請人が運搬費用を惜んで市内飯室地区にあるし尿投棄場を利用しないと主張するが、被申請人は地元民の理解と協力により右投棄場へのし尿投棄を続けており、又農家へのし尿貯溜槽の配布によるし尿処理の点については現在市内の農家へ総容量四、〇〇〇石のコンクリート製貯溜槽を分散設置しているが、前述のように化学肥料の普及の結果この利用率は尾花川附近を除き零に等しく、将来も一層この傾向は強まるであろうから、農村還元によるし尿処理は既に過去のものとなつており、更に被申請人が他の適地を買収しえないのは申請人等主張のように買収費用のためではなく、前述のように各地住民が申請人等と同様に実害がなくとも感情的に嫌悪排斥するため買収交渉が難行したためであり、被申請人のし尿処理行政について怠慢を責めらるべき筋合ではない。本件の場合においても昭和三七年一月以降被申請人と大谷町自治会長を含む藤尾学区社会福祉協議会々長井上慶造との間において交渉の上前記雨水溝及び目隠し塀の設置等を条件に被申請人のし尿投棄を承認することにほゞ諒解ができたにもかかわらず、右合意を不満とする申請人等一部住民の感情的な反対のため全面的妥結が挫折したものである。

三、以上の次第で被申請人の右し尿投棄は何等申請人等の土地家屋の所有権もしくは生存権を侵害するものではなく、却つて大津市一一万市民の保健衛生上必要欠くべからざる理由によるものであるから申請人等の本件申請は失当であつて却下さるべきである。

と述べた。〈疎明省略〉

理由

被申請人が昭和三七年一月上旬その所有にかかる本件土地の北端に東西約三三米、南北約二四米、深さ約三米のし尿投棄用穴を掘りこれにし尿の投棄を開始したことは当事者間に争いがない。

成立に争いがない疎甲第二号証の一ないし四、第四、第五号証、証人門馬礼男の証言により本件現場の写真であることが認められる疎検甲第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四号証、第五号証の一ないし三、証人早崎敬蔵、同門馬礼男、同武井登の各証言、証人園田修、同井ノ口新三、同鎌田昭二郎、同木下順栄、同佐々木三郎の各証言(但しいずれも後記措信しない部分を除く)及び検証(第一、二回)の結果を綜合すると、本件土地は東西北の三方が山に囲まれた谷間にある袋地状の平地で南側に向け緩慢な下り傾斜をなして開いた地形をなし、もとは旧陸軍の射撃場として使用されていたこと、右し尿投棄用穴は本件土地の最奥部にあつて東西の側面は高さ十数米の山の崖に接し、北側も旧陸軍射撃場時代観的場であつた僅かな凹地を隔てて山の斜面に接し、南側は高さ約二・五米、幅は堤上において約二米の土盛をしてこれを土堤としたものにすぎず、全く護岸的工事も蓋その他被覆も施されていないいわゆる素掘の露天穴であること、本件土地の地質は砂礫土でやゝ堅い岩盤を含むが、水の地下浸透は行われ、又降雨時等には穴の南側土堤からし尿が若干滲漏することがあること、右穴から約二〇〇米南へ隔たつた本件土地の東側の山の谷間(凹地)の地点における流水に若干し尿に起因するとみられる汚染が起つていること、更に被申請人はし尿投棄による悪臭や蝿等害虫の発生を防止する目的で穴の附近に脱臭剤として硫酸第一鉄、防虫剤として乳剤、BHC原末等を備え、し尿投棄の都度し尿汲取業者をして右薬剤を穴に撒布させるようにしているが被申請人側の係員の立会もなくし尿汲取業者に一任しているため薬剤撒布は必ずしも完全ではなく、悪臭と害虫の発生防止に関する措置は不十分でし尿投棄によるうじ虫、蝿の発生が若干みられること、昭和三七年六月頃被申請人は周囲の山から流れ落ちる雨水が右穴へ流入することを防止する目的で穴の北及び西側に山腹に沿うて巾約四六センチ、深さ約三七センチのコンクリート製排水溝を設けたのであるが、山からの雨水が排水溝の下をくゞつて観的場跡の凹地に流入し右排水溝は現実には充分その効用を発揮していないこと、被申請人は同年五月頃右穴の南方約七二米の位置に危険防止等の目的で高さ約二、一米のトタン製目隠し塀を設置したこと、被申請人は大津清掃社なるし尿汲取業者と契約して市民からし尿を汲取らせ、これを右し尿投棄用穴その他のし尿処理場に運搬投棄せしめているが、右し尿投棄穴へは一日三〇石から五〇石の割合で月間二〇日から二五日とし、総容量約七、〇〇〇石の八割見当のし尿投棄を目標とし、右穴が右目標に達すれば暫時蒸発と地下浸透によるし尿の減量を待ち更に投入を反覆繰り返し最後には覆土埋立て右穴の南側七二米先の右目隠し塀の手前に至る間に第二、第三のし尿投棄用穴を接続して掘る予定であること、被申請人は近く大津市南部の田上地区にし尿化学処理場の建設に着工し昭和三八年秋頃完成の予定でそれまでの暫定措置として、坂本の飯室地区や仰木地区と共に本件大谷地区へのし尿投棄を続けたい意向であること、一方本件土地のし尿投棄用穴から南へ約五〇〇米の地点で、本件土地に南から通ずる道路より約二米高い場所に申請人門馬功が別紙記載の土地家屋を所有して居住し、右門馬宅の南側約三米の崖下にある名神高速道路予定地をはさんで右門馬宅から南東約一三〇米の地点に申請人塩村辰次が、更にその左側に申請人服部新次、同河合寅蔵がそれぞれ別紙記載の土地家屋を所有して居住していること、申請人等の居住する大谷町には現在未だ上水道の設備がないので申請人等は井戸水を日常飲料等に使用しており、申請人門馬の居宅の傍にも深さ約一五米の井戸があること、本件土地と大谷町が前記地形関係にあるため雨期豪雨の際には本件土地自体への降雨と三方の山から流下する雨水が南側低地に向つて流出し、本件土地の入口附近は相当な量の雨水に洗われる事態が毎年何度か起ること、申請人等の特に申請人門馬の居宅附近においては風向によりし尿の悪臭がかなり感じられ且つ蝿も例年よりは若干増加していること、以上の各事実が一応認められ、右認定に反する証人園田修、同井ノ口新三、同木下順栄、同鎌田昭二郎、同佐々木三郎の各証言の一部は信用できない。

他に右認定を左右するに足る証拠はない。

叙上認定の事実より之を看るに、三方山に囲まれた山峡の最奥部といえ、そこより五〇〇米乃至六五〇米の下方の低地に土地建物を所有し平穏健康な生活を享受している申請人等が存在するに拘らず被申請人は全然被覆や護岸的工事を施すことなき素掘の総容量七、〇〇〇石に達する一大穴を掘り、之にし尿を投棄してし尿の貯溜池と為し露天に放置して蒸発と浸透による減量をまつて反覆投棄を繰り返し、ほぼ満水に達したときは土砂をもつて之を埋立て、更に下方の接続土地に同様の穴を掘り同一方法でし尿を大量埋没処理せんとしているもので薬剤撒布も汲取業者に委され十分行われていない以上、かかるし尿処理方法は極めて不潔且つ非衛生的であつて、たとえ公共団体が公共のためにする一時的応急措置であつても、附近住民が土地家屋を完全に支配しその所有権の円満な内容を実現して生活しているのを不法に妨害し或はその虞を与えてまで許されるものとは到底いい難く、それが一般社会生活上受忍すべき程度を超えたものと認められる限り被害者において所有権の侵害あるものというべく、従つて之に基く物上請求権の行使として妨害の排除及び予防措置を請求し得るものと解するを相当とする。

そこで申請人等の生活が如何なる態様、程度において妨害され或は妨害される虞あるかを考察するにまず被申請人の右し尿投棄による悪臭及び蝿等害虫の発生の点についてであるが、被申請人はし尿汲取業者にし尿投棄の度に常備した防臭、防虫剤を撒布するよう委しているのであつて、その措置が不十分であるため右し尿投棄用穴及びその周囲に蝿等が発生し、申請人等の居宅附近にも例年より多く蝿が飛来し、又風向により時として悪臭が屋内に侵入してくることは前認定のとおりであるが、右し尿投棄用穴と申請人等の居宅との間は叙上のように相当距離があつて、臭気等は常時侵入してくるわけでないし、窓を閉める等の方法により或程度まで防止しうるものであり、更に根本的には被申請人においても投棄し尿に対する衛生的処置を全然放任しているわけでなくし尿業者に薬剤撒布を励行せしめる方策を講じておりこれら事情を考慮すれば、右程度の臭気害虫の発生はいまだ社会生活上忍容し難い程度に達しているとは認め難いが、しかし被申請人が右穴の南側に第二、第三の穴を掘りこれにし尿を投棄し叙上のような処理方法を為す場合においては、右の悪臭や害虫の発生は或程度増大する虞のあることも考えられるので、申請人門馬に関する限り後記認定のし尿地下浸透による井戸水汚染の虞あることと相まつて同申請人の土地家屋における生活に対する妨害ないしその虞は忍容の限度を超えるものという外はない。

次にし尿の地下浸透による井戸水の汚染の点についてみると、さきに認定したように、本件土地は比較的浸透性の乏しい岩盤系統の地質であるとはいえやはり右し尿投棄用穴のし尿の地下浸透はある程度行われており、殊に右し尿投棄穴から南へ約二〇〇米距りたる本件土地東側の山の谷間において若干し尿に起因するとみられる汚染が起つている事実及びし尿が降雨時右穴の土堤から若干滲漏する事実に徴するとし尿を混えた雨水の本件地上流下或は地下浸透の虞を否み難い。そうとすると申請人門馬に対しては、同申請人の居宅は右し尿投棄用穴から約五〇〇米の距離があるけれども本件土地に接続した南側低地にあり、従つて地下水の流れる方向にあること、及び同家の井戸の深さが約一五米あり相当深いこと、更に前記のように右穴から相当離れた谷間において既にし尿による汚染がみられること等からいつて、右し尿投棄用穴を現状のままでし尿投棄を続けた場合、被申請人の主張する自浄作用を考慮に入れてもなおし尿の地下浸透による井戸水のおそれが全くないとはいい切れない。のみならず被申請人が右穴の南側に更に第二、第三の穴を掘つた場合右の危険は更に増大することは容易に予想しうるところである。これと関連して降雨時の汚水の溢出の点についてみると、被申請人が設けた前記排水溝は大量の雨水を排水する設備としては稍貧弱であり、雨水が溝の下をくぐつて流入する事態が現に起つているのであるが、加えて予想を超える豪雨が襲つた場合には安全率をみこんだし尿投棄自体無意味であるし、又単に土を盛り上げたのみの南側の土堤が大量の雨による脆弱化と貯溜し尿の増量とにより一部が決潰することもありえないことではない。而して地形上右し尿投棄用穴から溢出したし尿や土堤から滲漏したし尿が、雨水に混じつて申請人門馬の居宅方向に向つて流出する事態(もつとも先にみたように同申請人の居宅は本件土地の入口の通路より若干高台に位置しているから直接汚水が流れ込むことはないであらうが)もあながち杞憂とは断じ難く、かかる事態における不衛生と不潔感はいうに及ばず、唯一の飲料源である井戸水に対するし尿の地下浸透による汚染の危険は一層現実化し、同申請人とその家族の健康が損なわれるに至るおそれのあることは肯認せざるを得ない。しからば申請人門馬に関しては被申請人の本件し尿投棄は右認定の如き諸点において同申請人の土地家屋の所有権侵害の虞があり、且つそれは同申請人にとり社会生活上認容すべき限度を超えているものといわねばならない。従つて申請人門馬は土地家屋の所有権にもとずき、それに対する妨害の予防として本件し尿投棄の禁止を求めうるものといわねばならない。もとよりし尿処理の問題は被申請人も主張する如く今日市民の保健衛生、環境衛生上焦眉の基本的問題であり、被申請人の前叙事情からすれば本件し尿投棄用穴へし尿投棄を行いえないこととなれば被申請人のし尿処理行政に支障をきたし、ひいて一般市民に対しし尿の汲取り面の混乱等において好ましくない影響を及ぼすことは察するに難くないのであるが、被申請人としてはし尿投棄場の設置にあたつては市民の環境衛生上できるだけ支障の少い場所を選びかつその構築と維持経営には特に衛生的な配慮を尽し近隣住民の生活への悪影響を最小限にとどめるよう最善の努力を払うべきにも拘らず、その努力を怠り本件土地の地質及び地形等について充分専門的な調査も行わず、極めて不衛生な状態のままでし尿投棄を続行しそれに起因する各種害悪ないしその発生の虞が社会通念上忍容しうる限度を超え住民の健康生活を脅かしている以上し尿投棄の公共性の故に住民に対しこれが耐忍を求めることはできない。

次にその余の申請人等についてはその各住居は距離的に右し尿投棄用穴から少くとも約六三〇米以上隔つており、且つ名神高速道路予定地をはさんでそれより若干高い対岸に位置し、その他いわゆる土中の自浄作用等を考えると地下水の汚染及び溢出した汚水がそのような地点にまで及ぶことは推定し難く、又前記の如く害虫と悪臭による妨害もその現状将来共社会生活上忍容すべき限度を超え又は超える虞あるものと認め難く右認定を覆えすに足る疎明資料もないから爾余の申請人等の土地家屋の所有権に対する侵害及びその虞が存するとは認められない。以上結局申請人門馬を除くその余の申請人等についてはいずれの点においてもその理由がないから同申請人等の本件仮処分申請は失当たるを免れない。

最後に申請人門馬の本件仮処分の必要性については前掲疎明資料によると、被申請人は本件土地にし尿投棄を続行する意図を有していることが一応認められ、他方申請人門馬は前段認定のような被害を蒙る虞があるからこの現在の危険を避けるため被申請人に対し右し尿投棄の禁止を求める緊急の必要性があるものといわなければならない。尤も右し尿投棄用穴について右のような危険を防止するため少くとも穴の底及び土堤をコンクリートで固め護岸的工事を施し、し尿投棄に際しては被申請人の係員が監視して防臭、防虫剤の撒布を厳重励行し、且つ穴一箇所の現状を維持すること等を条件にし尿投棄を認めることも考えられないではない。しかし現在既に投棄せられてあるし尿を除却しなければ右のような工事はなしえないし、その他工事の費用等について困難な問題があるのみでなく、仮に右工事をなしえたとしても集中豪雨に見舞われた際三方の山から雨水の流入によるし尿の溢出を考えると結局全面的にし尿投棄を禁止せざるをえない。

以上の次第で申請人門馬と被申請人との関係において、同申請人が保証として金一〇〇、〇〇〇円を供託することを条件に同申請人の本件仮処分申請を認容するを相当と認めるがその余の申請人等と被申請人との関係においては同申請人等の本件仮処分申請は理由がないから却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畑健次 首藤武兵 吉川正昭)

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